「悲運のカットマン」なんかじゃない~東スポが素敵な取材をしているのを発見
寒い時期、何が悲しいって、野球がないことだ。
家でぶうたれてネットでニュースを読み漁っていた。
すると、こんな記事が目にとまった。
甲子園を沸かせた悲運のカットマン「野球人生で一番悔しい試合でした」
じっくりと読んだ。
よく取材して載せてくれた、と、記事に頭を垂れた。
元・花巻東の千葉翔太選手の今を取材した記事だ。
彼のことを考えると、どうしてももう一人、
同じ花巻東の選手で忘れてはならない故人がいる。
千葉選手よりも先、彼の登場が高校野球を見ていて衝撃的だった。
くろうと筋にはいろいろ意見もあるようだが、
生きる道を見出し、そこに生きるバットマンとしての姿に、
すげえな、と感動したものだ。
当然、千葉選手を甲子園で見たときも、同じ気持にさせられた。
ひょっとしたら、だけれども、
東スポの記者は、二度、同じ不幸はないか、と
千葉選手のことを追いつづけているのかもしれない。
故人の彼と千葉選手は野球人としての生き様があまりにも似ているのだ。
考えるのは素人のボクだってそうなんだから、くろうと筋もそう危惧したろう。
だから、こういう記事を書いて載せた腕力のある記者がいて嬉しかった。
こういう記事を書ける記者には、たいがい、こういう情に厚いところがある。
*
千葉選手の経歴をさらっている記事を読んで
ああやっぱり、と思ったのはこの箇所だ。
もともと小学校時代は4番、中学でもクリーンアップを任される強打者だったが、強豪・花巻東に進んでからは壁にぶつかった。身長のハンディもあり、究極のリードオフマンとしての道に活路を見いだした。
エースで4番が集まるのが名門校であって、
ある日、何かがきっかけで、居場所を探していくのだ。
記事の中の、この言葉にも目がいった。
「(花巻東の佐々木)監督からは『打率よりも出塁率。それが2番打者の役目』と言われ続けてきました。ライナー、強いゴロを狙って、フライは上げないということを意識してたら、自然とあの打法に行き着いたんです」
意地の悪い言い方をすれば、監督にその生き方にさせられたわけで、
よい言い方をすれば、監督にその生き場を見つけてもらったのだ。
あと、ここもよい。
「カット打法は今も続けています。もちろんそれだけじゃないですけど、状況に応じていつでも出せるように。引き出しの多い打者になりたいんです」
もう、引用ばっかりになったので、あとは感想。
見ている人がいてくれて良かったな、ということ。
そして、千葉選手の将来は明るいのだな、と知れたこと。
*
千葉選手はあまりにミートが上手く、カット、つまり、
くさい球をファールする技術が際立っていたために
高野連からダメ出しを喰らった。
でも、彼の野球人としての人生は悲運なんかじゃない。
カットも立派な技術なのだ、ということは
それこそ、プロの世界に行けば誰もが認める。
彼もカットの達人にして、高い出塁率でチームに貢献している。
球界でも堂々の遊撃手となった若手の急先鋒だ。
彼の野球人としての生き様は大好きで、贔屓の選手だ。
その無理に引っ張らない打撃スタイルゆえに、
二塁手がほぼ二塁上に守り、全体が三塁側に極端に寄った
「中島シフト」を敷いた球団もあるほどだ。
*
若いうちに生きる道をみつけ、それに邁進する。
素晴らしいな、と思う。羨ましいな、と思う。
どうしても、彼はどうやって生きていくのだろう?
と考えるようになってしまった。
自分のことを考えろよ、と、本当に思う。
---------------(以下定期)
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